旅博2014 (2014/9/28)

終日、東京ビッグサイトで最終日の「ツーリズムEXPOジャパン2014」(旅博2014)の会場を歩き回る。午前10時開場15分くらいに入ったのだが、すでに会場は大入り満員の状態、かなり前から並んでいたのだろう。

アンケートに書いて下されば〇〇を上げます・・・ facebookにアクセスしてくれたら・・・ と注文を付けるブースが増えてきた。ボクもコロンビアのコーヒーだけは面倒がらずスマホを操作して、本場のコーヒーを馳走になった。 
 ↓ ついでに、コロンビア美人と、まったく不釣り合いのツーショット

 ↓ 調子に乗って、ウズベキスタンの礼服を着て・・・ぜひ、ウズベキスタンへ来てと誘われる。

 ↓ 中国のブースのパフォーマンス。首を一振りすると面相が変わる。あっという間の早変わり





 ↓ アメリカは州ごとにブースを設ける熱の入れよう

 ↓ 会場の隅っこで、「旅行に行くたび靴が増える貴方」の看板が目に入った。この2,3年、「ウオーキングするたびに靴が増えていた」ので、飛びつくように診てもらい、勧められるままにオーダーした。単なる「アーチサポーター」とおもったが、ボクの足裏に合わせて制作、1か月後に納品だと・・・ 

 ↓ 閉会間際、一番盛り上がっていたのは沖縄のブース
 
帰りの土産は、リュック+手提げ袋いっぱいのパンフレット。地図を見るだけでウキウキする。

# by from76 | 2014-09-29 12:47 | アウトドア | Trackback | Comments(0)

中世大和の建築史「和様から大仏様・禅宗様へ」 (2014/9/27)

13:00~15:00 銀座ブロッサムでの「大和文化会・公開講座」に出席。近畿日本鉄道(株)のPRである。奈良大好き人間でホールはいっぱいになる。男女半々くらい。

演題: 「中世大和の建築史~新技術の伝来と『和様の変容』」
講師: 京都工芸繊維大学大学院准教授・矢ケ崎善太郎先生


日本最古の寺院「飛鳥寺」は百済からの技術によって建築されたが、その後、わが国なりの工夫が積み重ねられて「和様」として成熟してきた。ところが、中世・鎌倉時代、東大寺の再建工事の際、大陸から導入された新しい技術に触発されて、これまでの伝統であった「和様」にも質的な大きな変化があった。

「大仏様(天竺様)」「禅宗様(唐様)」の誕生である。A4資料4ページとスライドによってわかりやすく説明してくれ、2011年春、早稲田大学オープンカレッジ講座「古建築入門」の復習となった。

終わってキャノンのギャラリーに立ち寄り、次いで、銀座通りに出る。快晴の初秋かつ土曜の歩行者天国とあって大にぎわいだ。
 ↓ 路上パフォーマンス
 
 ↓ 犬を見せたがる人が来る。触りたがる人が寄ってくる。8歳のメス犬だそうだが、まったく愛嬌なし。

 ↓ ミキモトの店先、御木本幸吉の胸像の前は、いつも季節の花で埋められる・・・

 ↓ アップル銀座店の周りは、iPhone6を買い求める人の列だ・・・

 ↓ 山野楽器の店先ではライブ

以上、銀座4丁目の三越前、たった50メートル間のスナップである。
↓ 17時半帰宅、本日最後の取り組み「白鵬対一ノ城」に間に合った。横綱の名誉にかけても白鵬がんばれ・・・

 



# by from76 | 2014-09-29 10:39 | 古代史を訪ねて | Trackback | Comments(0)

大相撲異変 (2014/9/26)

大相撲秋場所は、連日「大入満員」だ。ほぼ20年ぶりらしい。しかも、新入幕の力士「逸ノ城」が破竹の勢いなのだ。その大きな姿を、一目見てみたいと夕刻5時半、国技館の通用門前に向かった。
 ↓ 江戸東京博物館の駐車場は大型バスでいっぱい。大相撲観戦バスだ。

 ↓ 取り組みを終えた力士が、この門から出てタクシーを拾う。声をかけても素知らぬ顔だ。

 ↓ 両国駅方面に向かう力士も・・・

ボクはラジオを聴きながら 「逸ノ城」の横綱「角龍」との取り組みを待った。すでに辺りは薄暗くなってきた。待っていても、何時ごろ出てくるのだろうか。
 ↓ 夕方のやぐら太鼓

ふと、たとえ出てきたとしても露出不足で撮れないと気づいて帰宅。
 ↓ 退場する人々の向こうに、力士の姿を待ち続ける人々


自宅~錦糸町~両国~自宅、ちょうど4kmのウオーキングとなった。新しく買ったウオーキングシュウズの足慣らしがた、歩いた目的。

明日は、「白鵬」と、1敗同士の対決となる。

# by from76 | 2014-09-26 21:39 | 身辺の出来事 | Trackback | Comments(0)

2ヵ月ぶりの講座「日本書記を読む」 (2014/9/26)

午後3時から、ジムで筋トレと有酸素運動を2時間。終わって近くで夕食、表へ出ると雨だ、一瞬、サボろうと思ったが、そのまま明治大学アカデミーへ直行した。

教室の入口でテキストを間違えて持ってきたことに気づいた。配布資料(A4 13ページ)をいただいて、このまま帰ろうかと思ったとたん、吉村教授が入ってきた。

テキストなしでも教授のレジメ(原文)だけで充分だった。教授の話を聞きながら原文を追っていけば良い。

1時間40分、朱鳥元(686)年正月から5月までの記録を読むことで終わった。出てくる固有名詞ごとに、その具体像を論ずるから遅々として進まない。

運動の疲れから、多分居眠りの連続だろうと覚悟していたのだが、教授の余談が楽しく、最後までしっかり聞いていた。

最近発掘の都塚古墳、最近の古代史研究者、韓国との学術交流会、ソウルの宗廟、セレモニーと音楽、桝席での大相撲観戦etc・・・ 原文に潤色を加える余談は聞いていて楽しい。


# by from76 | 2014-09-26 14:09 | 古代史を訪ねて | Trackback | Comments(0)

3カ月に1度の検査 (2014/9/24)

3カ月に1回の心電図・血液・聴診検査、毎回、ドキドキ・・・ 判決を聞く思いで家を出る。

 ↓ 予め、医師に見せる9月の血圧のデータをプリントした。
毎日の起床時と就寝前の計測グラフである。オムロンのWellnessLINKが自動的に作ってくれる。

併せて、最近1週間の朝の平均値:126/69mmHg、前週との差:-3/-3mmHg との表示も
 血圧が至適になったのは初めてだ。3か月前から試しに飲み始めた《すっぽん・まむし》の効果???

なお、医師からの処方薬は、2001年12月狭心症を発症して以来 
 ① 降圧剤(アーチスト錠10mg) 1日1回2錠
 ② 血液凝固防止剤(バイアスピリン100mg) 1日1回1錠

降圧剤には副作用もあるらしいから、「1日1錠に減らしては?」 と訊ねた。回答は「低血圧になるまでは服用してください・・・」と。

 ↓ ついでに体重管理のデータも・・・ 昨年9月から今年8月まで毎月の平均値がグラフで示される。棒グラフは体重の、折線グラフが体脂肪率の変化を示す。

体重は標準の範囲内だが、体脂肪率の方は、下降線をたどってはいるが、まだ標準を遙かにオーバーしている。

 ↓ クリニックでの検査結果表(過去1年分) 着色した部分が標準値をオーバーした項目で、やっと3個に減った。《ヘモグロビンA1c》と《血算****》。後者は、わずかな差で標準範囲を出たり入ったり・・・

 ↓ 《ヘモグロビンA1c》 2年前からのグラフ。なんとかスタート時点の《6.1》まで戻さなきゃ・・・





# by from76 | 2014-09-24 17:40 | からだ | Trackback | Comments(0)

秋の彼岸会法要 (2014/9/23)

秋の彼岸会法要でわが家の寺へ。

見知った顔が年々見えなくなり、逆に、見知らぬ顔が増えてくる。ついつい、いずれは、と思いながら、皆と一緒に般若心経と修証義を唱える。経文の意味も判らずに・・・・
 ↓ 秋の花・・・

 ↓ 同じ境内に・・・

 
# by from76 | 2014-09-24 10:38 | 身辺の出来事 | Trackback | Comments(0)

宇宙博2014 (2014/9/19)

午後、幕張メッセで開催中の「宇宙博2014」へ。宇宙開発のスタートからから現在、そして未来の夢までを描く総合的な展示だ。
 ↓ 会場入り口

 ↓ アポロ17号の司令船。上に広がっているパラシュートは、実際に使われたもの。

 ↓ 天井に浮かぶ、「国際宇宙ステーション《きぼう》」

 ↓ 内部を見学できる実物大モデル「きぼう」日本実験棟

 ↓ 「火星探査車」キュリオシティ。精巧に再現された実物大モデル

 ↓ 最後のビックリは、高度約39キロの成層圏からのスカイダイビングに成功し、無事地上に降りたった人物がいたという話だ。元パラシュート部隊兵士でヘリコプター操縦士でもある、オーストリア出身のフェリックス・バウムガートナー(Felix Baumgartner)さん(43)。
 ↓ かれが身に着けた宇宙服

彼は、ビル55階分の高さがある巨大ヘリウム風船を使い高度12万8,097 フィート(約39キロ)まで3時間かけて上昇した後、カプセルから抜け出しジャンプ。約9分後、パラシュートで地上の砂漠に着地し、腕を上げて勝利のガッツポーズをした。
 詳しくはここをクリック

44年前、当時小学6年だった息子を連れて大阪万博に”月の石”を見にいったことを思い出しながら3時間ほど見て歩く。

好奇心のつよい彼は、出かける前に万博ガイドブックのほとんどを頭に入れた。旅先に携行せず、当日はメモも取らず、帰宅後、レポート「万国博を僕はこう見た」にして学校に提出した。レポート中の朱書きは担任教師のコメントである。宇宙やSFの大好きな子供だった。もし、生きていてくれたら、とついつい・・・

 ↓ 午後4時、ついでだからと、4.6キロ先の千葉市花の美術館へ。

看板が「山陽メディア ミュージアム」になっている。さては、身売りかと訪ねたら「命名権」を売ったのだと。
来館者が減少したのだろう。2度ほど利用したことのあるレストランも閉鎖されていた。商店街に限らず「閉店」の張り紙を見るのはさびしい限りだ。

# by from76 | 2014-09-23 11:18 | カルチャー | Trackback | Comments(0)

111歳の後藤はつのさん (2014/9/12)

近所にお住いの後藤はつのさんから「感謝!お陰様で111歳になりました。」とのはがきをいただいた。表の署名はご本人の直筆。正しい姿勢、笑顔でお立ちになっておられる。なにより、オシャレが素晴らしい。色彩感覚がいい。

                後藤はつのCollection

9月15日時点で、全国の100歳以上の高齢者は5万8820人だそうだ。うち女性は5万1234人と全体の約87%を占める。

国内最高齢は、女性が116歳、男性は111歳。それぞれ世界最高齢としてギネスブックに認定された。後藤さんは、さらにそれを上回るように、と祈ってやまない。

# by from76 | 2014-09-13 14:55 | 身辺の出来事 | Trackback | Comments(0)

2ヵ月ぶりの前方後円墳研究会 (2014/9/12)

8月の夏休み明けの研究会に出席した。

まず、自主学習会を1時間。出席は任意だが、毎回、全員が参加する。
 テーマは、「古墳辞典-4.古墳の築造と外部施設と内部構造」

次いで14:30まで研究会。今月から新しいテキストになった。「シンポジウム「日本の考古学」④『 古墳時代の考古学』」(学生社)

1995年6月に東京で、古墳時代を専攻する6名の研究者が「古墳時代の考古学」をテーマに、2日間にわたって話し合った記録である。

司会者・白石太一郎先生の問いに対して、5名の新進気鋭の研究者が、それぞれ持論を展開する。体系的とはいえない文章の羅列を、担当者が、体系的に取りまとめて会員に報告する。

持ち時間は1時間、報告30分、討論30分だが往々にして議論白熱してタイムオバーする。

今月の
テーマ① 「現象としての“古墳”の出現」
テーマ② 「古墳の年代と古墳時代の時期区分」

テーマ②の担当者は、これまでとは異なった切り口で報告した。それは、担当ぺーに内のキーワードをピックアップし、それぞれの解説と図説(21図)を用意した。A4 6ページ、B4 3ページ。

ちなみにピックアップされたキーワードを上げる。
 時期区分 相対年代 歴年代 紀年鏡 編年的研究 五段階編年 陶邑編年 陶器山15号型式 陶器山15号窯型式 高蔵47号型式 前期 中期 後期 終末期 区分法 三時期区分法 四時期区分 時代区分

大学教授並の資料の用意と、その話しぶりに舌を巻いた。いつも同様、レポートやは図説はスキャンしてクラウドにアップしよう。

討論のうち、もっとも時間をとったのは《三角縁神獣鏡》だった。ネットにも詳しい記事があったのでリンクを貼っておく。

17:20~19:30 神田小川町の「台北風情」で納涼会。
 ↓ 深夜、撮影者から送信あった。会長もまた帰宅後、研究会の記録をA4版 5ページにびっしり、全員に深夜送信する。会員それぞれ担当に応じてベストを尽くす。「古墳」以外にも学ぶことの多い研究会である。
 最後の自己紹介、それぞれ、ふだん見えないな面が見えて楽しい。
          

  


# by from76 | 2014-09-13 10:02 | 古代史を訪ねて | Trackback | Comments(0)

「韓国の一つの終わり」 (2014/9/11)

タイトルは、産経新聞(2014.7.20)コラム(黒田勝弘)からの引用である。本文の前半を転載する。
                         ★
 「先日、韓国でインスタントラーメンの草分けだった「三養(サムヤン)食品」の創業者、全仲潤(チョン・ジュンユン)名誉会長が亡くなった。94歳だった。インスタントラーメンは1958年に日本で開発され、その後、世界に広がった。現在、世界で最大の生産国は中国だが1人当たりの消費量では韓国が世界一である。

 その韓国で1960年代に初めて製造販売を手がけたのが、全仲潤氏だった。世界インスタントラーメン史の初期に、彼がどのようにしてそれを始めたのか、その歴史は何回、思い出しても感動的である。

 彼は、日本で1959年に食べたインスタントラーメンのことが忘れられず、まだ貧しく食糧難だった韓国の国民に「何とかあれを食べさせられないものか」と一念発起し、日本からの導入を決意する。国交正常化2年前の1963年、「国民の窮乏を救いたい」という彼の志にいたく共感し協力を約束してくれたのが「明星食品」の当時の奥井清澄社長だった。

 技術提供は無償(!)。全仲潤氏は明星食品の工場に10日間、通い詰めて製造技術を学び、最大の難問だった原料配合表(レシピ)も提供された。帰国後、明星食品から技術者が1カ月間、派遣された。製造機械の半額提供以外はみんな無料だった。こうして翌1964年、初めての製品が出荷され、これが“ラーメン王国・韓国”のスタートとなった。

 全仲潤氏の死去に際しては韓国のマスコミも「庶民の飢えを解決した“ラーミョンのゴッドファーザー”」(東亜日報)などと大きく報道していたが、肝心の明星食品との“美談”に触れたものはなかった。

 生前、彼に長時間インタビューしたことのある林廣茂・前同志社大教授によると、彼は青年時代だった日本の戦時中、ソウル(当時は京城)で逓信省の仕事をしていて、同僚の日本人たちが「この戦争は日本の負けだ。そのうち朝鮮は解放されるからもう少し辛抱しろ」といっていたと、心優しい日本人の思い出を語ってくれたという。

 また日韓併合など過去の歴史については「不幸の始まりだったが、ロシアや中国の支配下に入らなかったことは不幸中の幸いだった」というのが持論だったという。」
                          ★

右の本は、「旅客船セウオル号」の横転・沈没事件から始まる韓国メディアの記事をもとに、韓国の「真の姿」をつまびらかに描く。

滅公奉私、自己反省なく他者にのみ謝罪を求める姿だ。こちらが低姿勢にでれば付け上がるだけ・・・  「あとがき」に、
            ★  
「朴正熙には『我が5千年の歴史は、一言でいって退嬰と粗雑と沈滞の連鎖史であった』(朴正熙全集2-国家」・民族・私-」朴正熙著、鹿島研究所出版会刊)とする認識があった。

だからこそ「われわれが真に一大民族の中興を期するなら、まずどんなことがあっても、この歴史を全体的に改新しなければならない。/このあらゆる悪の倉庫のようなわが歴史はむしろ燃やしてしかるべきである。(同前)という国家革新の意欲が続いた。

だが、娘の朴槿恵大統領が語るのは『わが栄光の5千年の歴史』だ。この歴史からは国民精神を根底から変えるような改革意欲は出てこないだろう。

退嬰と粗雑と沈滞の連鎖史は、朴正熙軍事クーデターの一時期だけ断絶したが、その後は旧に復した。
                        
朴正熙を担いだ青年将校たちは、やがて「新悪」になっていく。旧悪の追放者が新悪になる――これも、半島の変わらざる歴史だ。」
                         ★
日本は、厄介な隣人をもったものだ。

 
# by from76 | 2014-09-12 10:51 | 身辺の出来事 | Trackback | Comments(0)
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