第11回 三輪山セミナー イン東京 (2014/8/23)

13:00~16:40 読売ホールでの「第11回 三輪山セミナー イン東京」に出席。ことしも1100名のホールが満席となる。40%近くが60・70歳代のご婦人とみたが・・・ 


冒頭、鈴木寛治大神神社宮司が挨拶。大神神社と伊勢神宮・出雲大社との歴史について触れ、ぜひ、大神神社にもお参りくださいと・・・  

藤原茂樹「椿は王の木」は、上代の文献に登場する「椿」に始まり、「椨(たぶ)」「さしぶ」「馬酔木」「しゃしゃんぼ」「ひさかき」「かんなび」等々、A4 19ページに及ぶ資料をもとに講演

石野博信「邪馬台国時代・纏向王宮への道のり」
1971年(昭和46年)から橿原考古学研究所の一員として発掘調査にかかわった、その成果を踏まえ、さらに、今年2月9日、現地説明会のあった新発見の建物について触れ、「東西150mの長方形区画の真ん中を貫くように、規格性を持って並ぶ建物群がほぼ確認できた。3世紀ではとんでもない大きさ」と指摘、「卑弥呼と後継者の台与(とよ)の居館域だった可能性が強まったのではないか」と述べた。

だが、邪馬台国九州説の立場からは、魏志倭人伝が語る「宮室」はあっても、「楼観」「城柵」がないではないかと反論されると。
# by from76 | 2014-08-29 12:18 | 古代史を訪ねて | Trackback | Comments(0)

ロシア・シベリヤ・満州・・・ (2014/8/21)

8月21日、西新宿のクラブツーリズムにてロシア旅行の説明会あり。参加者約30人。これから年末にかけてのサンクトペテルブルク・モスクワまたはシベリア鉄道の旅である。だが、ロシアの料理は、どれも塩分が高そうだし寒さも厳しいと聞いた。

帰り途、すぐ隣の住友ビル48Fの「平和記念展示資料館」に寄る。昭和20年8月、戦争が終わったにもかかわらず、ソ連軍によってシベリアを始めとする旧ソ連やモンゴルに抑留された軍人たち約57万5000人の苦労を偲ぶ。うち、約5万5000人が寒さや食糧不足で亡くなっている。

隣のブースは「海外からの引揚者」である。昭和20年10月中旬、ボクは韓国・釜山港から興安丸で一家6人、それぞれ1個のリュックサックを背負って日本に引き揚げてきた。展示の中に、当時、乗船するまで待機していた学校の講堂、列を作って乗船する様子の写真あり、懐かしく思う一方で、同じころ満州で起きていた惨劇の資料あり、あらためて「人間の運命」の不思議さについて考えさせられた。

青少年義勇軍を含む満州開拓移民の総数は27万人とも、32万人ともされる。ソ連の参戦でほとんどが国境地帯に取り残され、日本に帰国できたのは11万人あまり。展示室に全滅した開拓団のリストがあった。その理由の大半が『自決』である。

展示の撮影はNO、代わりにと小冊子2冊をくれた。いずれも生存者の体験をマンガで表現したもの。

夜8時、NHK・BSプレミアム「昭和の選択」の第1回『国際連盟脱退 松岡洋右』の放映があった。これまで、満州事変や満州国建国をめぐって、主張を受け入れられなかった日本が、自ら進んで連盟を脱退したと捉えられてきたが、近年の研究で、当初、政府は脱退回避を目指していたことが分かってきたという。

結論は「政府に脱退を決断させたのは世論」、世論とは新聞報道、当時の新聞は「連盟脱退」をアッピール、以後、「国威宣揚」と称して日本を戦争の道へと誘導し続けた。

新聞は時として政府や国民をミスリードし、「従軍慰安婦」「南京大虐殺」のような作り話で国益を害し他国を利する。

終日、シベリア・満州を思い起こさせる一日となった。

                     平和祈念展示資料館
# by from76 | 2014-08-27 12:49 | アウトドア | Trackback | Comments(0)

アディポネクチンを増やせ (2014/8/18)

今夜のテレビ東京の「主治医が見つかる診療所」のテーマは『血管若返りSP』。2011年1月の健康寿命ドックで、「動脈の弾力性(しなやかさ)がかなり失われているようです。また、その進み度合いは同年齢の平均レベルを超えています」と診断され、総合判定で「余命の診断は難しいのですが、あと3年(85歳)までは可能であると推察いたします」と告げられたボクにとって見逃せないテーマだった。

番組の中で、岡部医師は、アディポネクチンを強調した。それは、日本で発見された、世界で注目されているホルモンで ① 動脈硬化
 ② 糖尿病
 ③ 高血圧
 ④ 高脂血症
 ⑤ メタボリックシンドローム
 ⑥ がん
を予防・改善するといった優れものだ。

その正常値は、5~10mg/mlで、『4mg/ml』以下になると、糖尿病・心筋梗塞・がん・ メタボリックシンドロームになりやすくなります、とある。

そこで、ボクの3年半前の検査値を見た。総アディポネクチン:8.4、高分子アディポネクチン:5.3は、いずも基準範囲だ。だが、その後減少したのか、ボクの糖尿病・高脂血症・メタボなどは、いまだ正常値を上回る。

◆岡部医師は普段から、水泳などの有酸素運動に加え、腕立て伏せなどの筋力トレーニングを行っており、オススメする、アディポネクチンを増やす3大栄養素として
 ① 大豆製品/βコングリシニン
 ② 青魚(サバ・アジ・サンマ・イワシ)/EPA
 ③ 野菜や海藻/食物繊維
の3つを上げ、

さらに、オススメする一押しの食品はトマト。オスモチンが多く含まれる。
<オスモチン>は、アディポネクチンと構造がよく似ているため、アディポネクチンと同じ様な働きをする可能性があると考えられている。野菜や果物に多く含まれるが、トマトには非常に多い。(その他、ナス・ピーマン・バナナ・リンゴ・キウイなどにも含まれている。)と語った。
 ↓ この番組の総括 

上記ドックでのボクの葉酸(21.8)は「良好な値」とあった。

                番組のホームページ

# by from76 | 2014-08-19 15:49 | からだ | Trackback | Comments(0)

九段&日本橋 (2014/8/18) 

本日必着の講座申込み、うっかり出し忘れて、直接、先方の郵便ポストに投函しようと千代田区三番町まで出かけた。

地下鉄・九段下駅を降り、緑いっぱいの千鳥ヶ淵を歩く。途中、千鳥ヶ淵戦没者墓苑に立ち寄る。ポツリポツリ参拝する人あり。ここには先の大戦において海外で亡くなられた戦没者の御遺骨を納め、昭和34年、国により建設された「無名戦没者の墓」である。

 ↓ ボクも、菊花1輪を献花する


三番町での用事を終えて靖国参拝まで歩く。

 ↓ こちらはカンカンと照りつける日差しのなか、ひきもきらず 参拝客が神前に向かう。なかに、車いすで進む白髪の老人あり。終戦記念日の混雑を避けての今日に違いない。車いすを押すのは妻と娘? 



参拝を終えて地下鉄で日本橋三越へ。
 ↓ 東京芸術大学美術学部教授推薦より推薦を受けた若手作家約200名の作品が一堂に展示されている。

<若手>のアートシーンは斬新で刺激的だ。かなりの作品に売約済みの赤札が貼ってあった。値ごろは30.000円から300,000円。

若ければ投資の対象に買うこともありだが、今は、ただ見るだけ・・・

夕刻、陽もかげってきたので、両国まで歩いて帰宅。歩数計は14,000。

# by from76 | 2014-08-19 13:17 | アウトドア | Trackback | Comments(0)

有楽町から東京駅まで (2014/8/17)

8月お盆休みの都心は割と閑散としている。おまけに、日曜日は、あちことでイベントが見られる。ということで、今日は有楽町から丸の内界隈を歩くことにした。
 ↓ 有楽町駅を降りた先の東京国際フォーラムでは大江戸骨董市の開催中


いろいろと、懐かしいものが並んでいる。いったい、どんな人が買って行くのだろうと見て回る。
 ↓ 埃のかぶった蠅叩きが積んである

 ↓ 30代に通ったビリヤードで使っていた「スコアボード」に、錆びついた「かき氷器」など・・・

 ↓ 戦前の野良着 胸に「義勇奉公」の縫い付けがある。女性の店主が、のぼろぼろの布切れを首に巻きながら「よく洗ってありますから虫などいませんよ」と。

 ↓ 古ぼけた椿香油のカン 

外人の老夫婦が筆で書かれた封書のファイルを1ページづつめくっていて、やがて、紙片2枚を買っていった。旦那は、両端をぴんと跳ね上げた真っ白なひげの好々爺。写真を撮らせてもらったり、お目当てはどのようなものか聞いてみたかったのだが・・・

次いで、三菱一号館美術館に移動し、「冷たい炎の画家『ヴァロットン展』」に入る。

 

冷房の利かせ過ぎでひざ下がブルブル・・・ 会場の隅に「ひざ掛け」の用意があったが・・・ 
           「冷たい炎の画家『ヴァロットン展』」
           
 ↓ 美術館前の中庭は、けっこうな暑さしのぎの場であった。


 ↓ ここのテラスで、一休み、ついでに早めの夕食をとる。
            三菱一号館広場

終わって東京駅まで歩き、都バスで帰宅。
# by from76 | 2014-08-19 11:23 | アウトドア | Trackback | Comments(0)

発掘された日本列島 (2014/8/14)

江戸東京博物館で、「企画展『発掘された日本列島2014』」の開催中だ。

新発見の遺跡と出土品が展示される。夏休みともあって、多くの人が重なり合うように展示品に見入っていた。

ここは撮影自由、バシャバシャ撮りまくっている小学生あり、ボクも、若干撮ってはみたものの図録(➡)にはかなわない。

とくに今回は、平成7年にスタートして20回目にあたることから、図録も、これまでの集大成と位置づけた編集がなされている。

おりから奈良県明日香村で、階段ピラミッド状の巨大方墳が発見されたとの報道があった。新たな発見で、古代史も次々と塗り替えられる。



        企画展「発掘された日本列島2014-新発見考古速報」

夏休みとあって江戸東京博物館は大入り満員、左上「日本橋」の欄干は鈴なりだ。博物館では、この2週間、中村座の前で、パフォーマンスで来館者を楽しませてくれる。




# by from76 | 2014-08-15 09:49 | 古代史を訪ねて | Trackback | Comments(0)

夜の海浜ウオーク (2014/8/11)

日中の外歩きはご免、と夕食後、夜景を撮りに散歩に出かけた。銀座行きの都バスに乗ったが、豊洲に来て気が変わり、ゆりかもめに乗る。

「テレポートセンター駅」で、「夕景はテレポートセンター 21Fで!」を見て下車。臨海副都心を一望できる展望台がある。だが、玄関前に「本日定休日」とあって、お台場海浜公園を目指して歩き始めた。

「大江戸温泉」前、玄関フロアは大変な混みようだ。おりから、東京駅行のシャトルバスが出ようとしている。2階建の豪華なバスである。
 ↓ 大江戸温泉 オープンしたころは芋の子を洗うようだった。

 ↓ よりかもめの線路に沿って歩き、海浜公園に至る。海風は肌寒いくらいだ。

 ↓ レインボウブリッジと「自由の女神」

 ↓ 振り返ると「フジテレビ」が、ビルの壁面全部をつかって派手にパフォーマンス

 ↓ 午後8時過ぎ。展望台への広い通りは多くの人であふれていた。

歩数計は8,600を示したので、再び、ゆりかもめに乗って帰宅。

満月の月の出も撮ったが手ぶれ、やはり、夜景を小型のデジカメ、かつ、手持ちで撮るのは無理だ。
# by from76 | 2014-08-12 12:22 | アウトドア | Trackback | Comments(0)

亡国の誤報「従軍慰安婦」の結末 (2014/8/11)

朝日新聞は5日付朝刊で、いわゆる従軍慰安婦を巡る報道に関し、朝鮮人女性を強制連行した吉田清治の証言を「虚偽」と認め、記事を取り消す、と報じた。

この朝日の誤報が、日韓関係を大きくこじらす結果となり、すべての検定教科書に慰安婦の強制連行を記載させることになった。

当時、縁があって軍恩連盟全国連合会(軍人恩給の受給者で組織する全国組織)の手伝いをしていたボクに、多くの県連会長から「『従軍慰安婦』という虚構が検定教科書に掲載された。軍恩として、教科書からの削除を求める運動を進めるが、この件について調査し、結果を機関紙・軍恩新聞(当時40万部発行)に掲載するようにとの依頼を受けた。

ことは旧軍人の名誉に関する問題でもあり、また、1928年から1945年まで韓国の田舎で暮らしたボクにとっても納得のいかない話であったから、拙文をかえりみず、事件の経過を平成8年12月号と平成9年1月号に掲載したのであった。

以下、漢数字を算用数字に変えたほかは原文のまま掲載します。

●余談 朝日の「記事取り消し」の背景には何があったのだろう。読者激減? 赤字累積? 
ボクも、朝日が虚報「南京大虐殺」を報じたころ購読を中止。勧誘員がくるたびに理由を説明していた。



なぜ教科書に慰安婦が登場したのか?
# by from76 | 2014-08-12 11:06 | 落日 日本 | Trackback | Comments(0)

長野市・大室古墳群を訪ねる (2014/8/7)

朝、出立前にホテル付近を約1時間散策。なんどか滑ったゲレンデ周辺の夏の風景である。



 ↓ 志賀草津高原ルートへの道

13:20 大室古墳群に到着。ここは、6・7月の前方後円墳研究会のテーマだった積石塚古墳群。一目見ておきたいと暑さも厭わず、遠回りしてやってきた。

 ↓ 大室古墳群は奇妙山(下図中央)から千曲川に向かってのびる3つの尾根上と、これに挟まれた谷部に集中しており、地形的に「金井山 18基」「北谷 208基」「霞城 16基」「大室谷 241基」「北山 22基」の5つの支群(計505基)に分けられる。
 ↓ 今回、ボクが歩いたのは、大室谷支群(黄色のライン)の中ほど「ムジナゴーロ」と呼ばれている地区で、さまざまなタイプの古墳が集中しており、大室古墳群を凝縮したような場所である。

 ↓ 無人の古墳館だったが、見学マップが置いてあり、映像での紹介コーナーもあった。

 ↓ 大室古墳群見学マップ~ムジナゴーロ周遊路編~

 ↓ 古墳館から歩くこと約15分、ゾーンの入口に立札があった。それには
  「昭和60年度 明治大学考古学研究室大塚初重主任教授の指導のもと第3次学術調査が実施された。
   大室古墳群保存会」と。

 ↓ ウッドチップが敷き詰められた歩きやすい周遊路を登る。脇の入ると蜘蛛の巣にからまれ、クマに注意の看板も気を引き締まる。

 ↓ 合掌型石室(168号墳) 板石を屋根形に組み合わせて天井としたもの。下部は箱形石棺とよく似ている。合掌型石室を持った古墳は日本全国で約40基あるが、福島県1基、山形県2基以外は長野県に集中しており、そのうち大室には約25基もある。
 
 ↓ 積石塚 石を積み上げて墳丘をつくった積石塚は、きわめて特殊な古墳で全国で1500~2000基ほどあるが、これは15万~20万基といわれている古墳総数の1%に過ぎず、他はすべて盛土墳丘の古墳である。しかし、長野県全体では約25%が積石塚と土石混合墳であり、大室古墳群では約80%という高い比率になる。

 ↓ 横穴式石室(197号墳) 墳丘の外への通路を持つ石の部屋を持つ。

 ↓ 箱形石棺(189号墳)。石棺の上には水平に設置された天井石が残されている。

 ↓ 古墳館の前庭―エントランスゾーンの古墳17基はきれいに整備され、それぞれ傍らに、整備前の様子などを示す説明板が設置されている。


この古墳群の築造時期は5世紀中頃から後半にかけてで、被葬者は、似たような古墳が朝鮮半島も見つかっているので、半島から日本にやってきた渡来人やその子孫ではないかといわれている。

2時間20分滞在してこの地を後にした。大阪の堺ナンバーのクルマできた夫婦がいた。かつて古墳関係の仕事をしていたとか。

途中、日帰り温泉で汗を流し、上から下まで着替えをして帰途につく。22:50帰宅。歩数計12,300
# by from76 | 2014-08-09 17:44 | 古代史を訪ねて | Trackback | Comments(0)

戸隠神社五社参拝 (2014/8/6)

今年2月、戸隠神社の中社を訪ね、次いで奥社まで足を延ばしたが雪の中だった。こんどこそはと五社参りをと万座温泉から往復した。

遠き神代の昔、「天の岩戸」が飛来してできたたといわれる戸隠山の麓に、「天の岩戸開き」に功績のあった神々を祀る神社として、紀元前210年に創建された。神仏混淆時代は戸隠山顕光寺と称し、比叡山・高野山とともに「三千坊三山」といわれる繁栄の時代を築いた。明治維新後、寺を切り離して戸隠神社となり現在に至る。

 ↓ 奥社・一の鳥居(奥社本殿はここから約2km先、ゆっくり歩いて40分とあった。

 ↓ 家族連れ、若い女性仲間が多く見られた。パワースポット?

 ↓ 参道中ほどの隋神門(1710年建立の八脚門。神仏習合時代には仁王門として仁王像が祀られていた)

 ↓ 隋神門から奥社までの約1km。杉並木は天然記念物


 ↓ ゴール手前10分から上り坂になり・・・

飲み水を持たずに歩いて喉がカラカラ、手水舎の水をいただいて・・・
 ↓ 戸隠神社奥社(ご祭神 天手力雄命 あめのたじからおのみこと)

 ↓ 奥社の左隣に建つ九頭竜神社(ご祭神 九頭竜大神。戸隠神社中最古のお社)

 ↓ 戸隠神社・中社(ご祭神 天八意志兼命 あめのやどころおもいかねのみこと)

 ↓ 戸隠神社・宝光社(ご祭神 天表春命 あめのうわはるのみこと。中社祭神天八意志兼命の御子) 
中社とともに神仏習合時代の面影を残す荘厳な社殿である。

 ↓ 火之御子社(ご祭神 天の岩戸の前で艶やかな舞を舞った天鈿女命 あめのうずめのみこと)
この社だけは、神仏習合時代も純然たる神社として祀られてきた。

どのお社でも、みんな二礼二拍手の作法で、丁重にお参りしていたのが印象的。
この日の歩数計は14,800。
 ↓ 帰途の車上から


# by from76 | 2014-08-09 15:37 | アウトドア | Trackback | Comments(0)
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