明治大学リバティアカデミー公開講座 「古墳発掘の成果とその被葬者像」の4回目。「前方後方墳の年代と編年 ― 東海地方の象鼻山古墳と東ノ宮古墳 ―」 講師:大塚初重名誉教授
<前方後方墳>は、方形周溝墓の発展形とされ、当初は前方後方墳のみだったが、やがて<前方後円墳>が発生、しばらく共存時代が続いたあと、後方墳は姿を消した。 左図が、濃尾平野における約300年間の古墳の形の変化を示している。(赤塚次郎著「幻の王国・狗奴国を旅する」より)。 今日のテーマ「東海地方の象鼻山古墳と東ノ宮古墳」は、濃尾平野最後の前方後方墳にあたり、その後、<前方後円墳>だけになる。 ← 象鼻山古墳・東ノ宮古墳 初めて、前方後方墳が発見されたのは1925年、以後発見が相継ぎ、現在では520基を数えるに至り、その分布は、北は宮城県から北九州まで広い範囲におよぶ(下図)。 ↓ 上:典型的な前方後方墳の実測図。 下:前方後方墳の分布 出品から、築造造年代と被葬者を探るのだが、その例として上がったのが、昨年11月29日に訪問した、愛知県の<東ノ宮古墳>と<象鼻山古墳>だった。 ↓ 東ノ宮古墳(墳長72m、後方部48×49m 前方部幅43m。竪穴式石槨から鏡11面、玉類140点、鉄剣・鉄刀など貴重な考古資料が出土) ↓ 象鼻山古墳群 (約70基の円墳と方墳が混在している。去年11月、紅葉で彩られた丘陵上を、愛知県埋蔵文化センターの赤塚次郎氏の案内で歩き回った。) ↓ 象鼻山古墳群(所在地の地形図)
by from76
| 2013-06-13 15:45
| 古代史を訪ねて
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